岩手県花巻市東和町で和賀氏の重臣毒沢氏が築いた城「毒沢城跡」を写真や地図で紹介しています。
□□サイトナビゲーション□□
▲風の森TOP
花巻△
石鳥谷△
東和△
大迫△
その他近郊△
リンク△
その他△
花巻の温泉・ホテル便覧
名物・おみやげ
■行事・イベント■
土沢七夕まつり
土沢まつり
泣き相撲
田瀬湖あやめまつり
湖水まつり
■史跡■
土沢城(土澤城)
毘沙門堂、三熊神社
丹内山神社七不思議、胎内石
小原家住宅、谷内部落公民館
五輪峠
阿倍貞任隠れ岩、白銀橋
毒沢城跡
■観光■
東和温泉、道の駅
■偉人・先人■
菊池正古(菊池良斎)の墓
萬鉄五郎記念美術館
「冬と銀河ステーション」詩碑
「高村光太郎ゆかりの地」碑
■自然・遊び■
田瀬ダム、釣り公園
桜、並木、樹木
七ッ滝のおう穴、カズクリ
■その他■
東和町路上「昭和レトロ」写真館
※
は宮沢賢治関連を示す
毒沢城跡
■ページ内リンク
毒沢城跡▽
■おいしい岩手の地酒を網羅
岩手の酒蔵
で呑み比べ■レアもの・プレミアものも多数■うまい日本酒はここで■
【
毒沢城跡
】
地図/YahooMaps
町内より約3kmほど南下、県道北上・東和線と国道456号線との交差点付近の高台が「毒沢城跡」となっています。県道北上・東和線沿いの北側と西側に進入口があり、北側には駐車場などが整備されています。ただし、城郭跡までは10分ほど登りますが、そこには指標以外なにもなし。トイレなし。
毒沢城跡の由来
毒沢城跡は和賀氏の
重臣
毒沢氏が築いた城です。
毒沢氏は「
源姓
和賀
家系図
」によれば和賀氏十
八代
政義の三男盛義が
貞治
5年(1366)濁沢(毒沢)に200余町を賜って移り住んだとあリます。それ以後毒沢氏の城として重要拠点となっています。
天正
18年
豊臣秀吉
の
奥羽仕置
きにあい毒沢氏は追放されました。毒沢氏は224年問この城を拠点としました。この城は毒沢と中
内地
区の間に走る
丘陵地
の
尾根
頂部を削り平地を作り出し主郭としておリ、下には階段状の郭を造成しています。
この頂部から
突き出し
ている三方向の尾根に副郭を構えています。この城の構えは
山城
で
同心
円状梯郭式と言われるものです。
主郭は比較的狭く東西に二段となつているのが特徴です。常時毒沢氏が居住していた城ではなく、非常時における
防御
の城と思われます。
東和町での中世の城館跡として活用時のまま残されている倉沢城跡とともに貴重な城館跡といえます。
また、調査によって貞治5年以前にさかのぼる遺構・遺物が発見され、毒沢氏以前の施設があったことが考えられます。
追放された毒沢義森は
慶長
5年(1600)和賀氏一撲に加わり敗れ、慶長6年(1601)
主君
忠親と共に仙台で
自刃
し、墓は仙台
国分尼寺
にあリます。義森の孫の勝子姫は
伊達政宗
の
側室
となり、その子宗勝は一関
三万石
の
藩主
となつています。
△戻る
テレビで紹介■まるごと焼きりんご・紅玉りんごのジュレなど岩手のスイーツなら■
まがりや 楽天市場店
■
△戻る
■県南のお土産なら
奥州平泉土産処 ジパング
で■ごま摺り団子、ほろほろ漬け、かめもの玉子など多数■
このサイトはArtWing・小田島建築設計事務所 025-0088岩手県花巻市東町6番18号 が個人で運営しています
Copyright (C) 2006 ArtWing All Rights Reserved