花巻まつりは毎年9月第二土曜日を中心とした金〜日曜です
花巻まつりは、花巻開町の恩人
北信愛
きたのぶちか
(
松斎
しょうさい
)が、出陣に際し観昔さまをまつり戦勝を祈願したことが始まりと伝えられています。
この観音祭りは、北松斎が死去した慶長十八年(1613)以降は、松斎祭りとも呼ばれ、江戸時代を通して、稗貫・和賀二郡の祭りとして催されていました。明治の廃仏毀釈によって、観昔祭りは一時中止されましたが、その後、鳥谷崎神祉の祭礼として復活した花巻まつりは、高さ十三メートルの屋形山車を擁する豪快なものになりました。
この明治の屋形山車の製作は、当時の豪商たちが費用をだして、名工高橋勘次郎(二代目)や宮沢菊松が設計し、祭り師の渡辺弥四郎・高橋伝次郎・高橋善左ヱ門たらが人形や花・波を製作したものでした。
こうした屋形山車は、岩手は言うに及ばず、東北屈指の山車として名声をはせ、その坦ぎ手になることは、誇りと、名誉をともない遠くからも坦ぎ手として参加したものでした。
大正時代になり、街に電線が張りだされると豪壮な屋形山車は丈の低い優雅な風流山車に姿を変えました。
明治期、惜しまれながら姿を消していった屋形山車、その豪快な山車が、開町四百年の平成四年、高さ十三メートル、総槍づくりの豪華な山車として甦りました。
まつり期間中は鳥谷崎神社と花巻市役所の中間点、屋形山車車庫の前にて公開しています。
(※文章は花巻まつりパンフレットより引用、写真は平成14年独自撮影)
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