イーハトーブの風の森ロゴ

岩手県花巻市石鳥谷町のお寺「大興寺」にある土仏観世音堂宇や稗貫氏の宝筐印塔を写真や地図で紹介しています。

□□サイトナビゲーション□□

花巻△
石鳥谷△ 現在地
東和△
大迫△
その他近郊△

リンク△
その他△

花巻の温泉・ホテル便覧
名物・おみやげ
■資料館、公共施設■
賢治関連印 道の駅、南部杜氏伝承館
更新情報 まちの駅いしどりや酒蔵交流館
■行事・イベント■
石鳥谷まつり
■自然■
賢治関連印 葛丸川、葛丸ダム
桜大樹、杉生桜、逆ヒバ
更新情報 登呂桂(とろかつら)
更新情報 石鳥谷の桜
更新情報 戸塚森森林公園
■史跡■
境塚、一里塚
更新情報 賢治関連印 街中にある史跡
更新情報 好地旧一里塚
■宮沢賢治関連■
賢治関連印 宮沢賢治宿泊地
■お寺・神社■
更新情報 萬疊山 大興寺 現在地
更新情報 林長山 光林寺
更新情報 松林寺地蔵堂

賢治関連印は宮沢賢治関連を示す

石鳥谷タイトル

萬疊山(ばんじょうざん) 大興寺(だいこうじ)


石鳥谷地図



より大きな地図で 萬疊山 大興寺周辺 を表示
■ページ内リンク
萬疊山 大興寺▽
稗貫氏の宝筐印塔▽
土仏観世音堂宇▽
御詠歌歌碑▽
早池峰山▽

■本場盛岡冷麺がここにある■焼肉・冷麺ヤマトshop■お店で食べると岩手でトップクラスの旨さ!■

萬疊山 大興寺(曹洞宗)】 
地図/YahooMaps
大興寺全景

 石鳥谷町の西端、県道13号線(盛岡和賀線)から約600m奥にあるお寺、大興寺には土仏土仏観世音堂宇<や稗貫氏の宝筐印塔などがあります。また、早春には本堂脇にはミズバショウが多数咲き誇ります。門前に専用駐車場がありますが、見学する場合は一言許可を得てから行うようにしてください。
県道から約200m位置には 「松林寺地蔵堂」があります。

 PR:お寺の事はいわてのお寺を巡るで詳しく。

水芭蕉

良寛詩碑

 参道には「いざ子ども 山べに行かむ 菫見に 明日さえ地ラバ 如何にとかせむ」と良寛の詩碑があります。


■かもめの玉子、三陸海宝漬、ごま摺り団子■奥州平泉土産処 ジパング■南部煎餅、ずんだ餅、前沢牛■

稗貫氏の宝筐印塔(ほうきょういんとう)町指定文化財】  稗貫氏の宝筐印塔

 菩提寺である本堂の裏山の墓地には、稗貫氏の宝筐印塔が屋根・説明板とともにあります。

稗貫氏の宝筐印塔(ほうきょういんとう)

稗貫氏の宝筐印塔  稗貫氏は、伝わる系図には数系あるが、その中で最も有力と思われる瀬川稗貫系図によれば、その始祖は藤原広重(始め為家と称す)である。
 広重の父は常陸国中村に居住していた山蔭氏の子孫鈴木人朝宗である。
 広重は朝宗の四男で、文治5年(1189)源頼朝平泉藤原泰衡征討軍に従って戦功をたて、その恩賞として稗貫郡を賜り、これによって稗貫氏と称す。
 稗貫大和守広重は、建久年間(1190〜1199)稗貫郡に下向し、郡主となり、稗貫氏は凡そ400年間郡を統治す。
 下向の始めは、小瀬川舘といわれ、更に大瀬川舘に移ったこともあるという。後、十八(さかり)ヶ舘、更に鳥谷崎城に居城す。
 その間、鎌倉幕府北條氏の滅亡、南北朝足利氏の支配、応仁戦国の時代を経て、豊臣政権に服した稗貫広忠に至るまで郡主の座を維持した。
 大興寺は、稗貫氏末期の菩提寺で、この宝筐印塔は稗貫氏の墓碑であリ、建てた人、年代共不明であるが室町後期の建立と推定られる。
 高さ1.88m、最大幅0.6mで県内最大である。台石・基礎・屋根・相輪で成り立ち、宝珠・宝輪・隅飾も残っており、数少ない中世の稗貫氏の消息を今に伝える歴史的資料の一つである。

 PR:奥羽仕置と豊臣政権図説花巻・北上・遠野・和賀・稗貫の歴史で稗貫氏を知りましょう。

(要調査:小瀬川舘、大瀬川舘、十八ヶ舘)

■盛岡冷麺にもいろいろ種類があります■味の麺匠戸田久で食べ比べてみましょう■

土仏観世音堂宇(どぶつかんぜおんどう)町指定文化財】 
地図/YahooMaps
稗貫氏の宝筐印塔

 本堂手前の右手の階段を上った高台には、土仏観世音堂宇が保護の為のとともにあります。

土仏観世音堂宇(どぶつかんぜおんどう)

土仏観世音堂宇参道  土仏観世音堂宇は、弘化3年(1846年)の建立といわれています。作者は、花巻市吹張の出身で、南部の名工といわれた高橋勘次郎親子です。高橋勘次郎家は初代から三代まで大工の棟梁でした。二代目は豊吉、三代目は豊太郎と称しました。
 初代の勘次郎は、宮大工としての術を気仙大工より学んだといいます。大和流の建築や彫刻、算術に秀でていました。代表作として花巻市宮野目の三嶽(みたけ)神社拝殿、盛岡市北山の願教寺本堂向拝の竜・蟇股(かえるまた)などがあります。この人の手がけた建物は百年の年月にも耐えるといわれ、明治28・9年ごろにあった地震の際にも、少しも動かなかったという話が伝えられています。
 二代目勘次郎は、宮大工としての匠と彫刻を初代の父より習得し、特に竜の細工では他に比するものがないといわれています。水沢市黒石寺の本堂、花巻市矢沢の胡四王神社拝殿、本町好地の熊野神社拝殿の竜など、各地に多くの名作を残しています。また、非凡な棟梁としての手腕と人望をもって多くの門人を育成しました。
土仏観世音堂宇 昇降の竜の彫り物  土仏観世音堂宇は、二間四面の総けやき造りで、初代の勘次郎が54歳、二代目勘次郎が28歳の時の建築といわれています。向拝(こうはい)柱、唐戸面、四方の欄間(らんま)、腰欄間などに彫刻を施し、中でも昇降の竜は優秀作といわれています。
 棟札によれば、最初の堂舎は元禄8年(1695年)、大興寺20世全智の代に建立されたとあります。天保3年(1832年)同寺26世徳宗の代にも建立が行われ、この時は再々建立と記録されています。長い年月の間に何回か建て替えが行われ、弘化3年(1846年)に現在の堂宇が建立されました。
 なお、ここに祀られている土仏観音は、高さが14センチほどの小仏像で、大興寺の開山であった梅山間本禅師の難を救ったことから身代わり観世音とも呼ばれています。まス、疫病退散にもご利益があるといわれ信仰を集めてきました。




土仏観音の由緒

 禅師が路上で3人の子どもが造った聖観音をくれるよう頼んだところ、「我らは三社明神で仏法を守るため子供の姿で現れたのだ」といい去っていきました。
 その後、主人が留守の民家に一泊していたところ、夜帰ってきた盗賊の主人に刺し殺され、屋外に埋められてしまいます。しかし、土仏観世が身代わりとなり、旅の僧は寝床で無事に眠っていました。盗賊は悔い改め僧となり、後に遠州に二ヶ寺を開創しましたとさ。

(要調査:高橋勘次郎親子、三嶽神社拝殿、盛岡市北山の願教寺本堂向拝の竜・蟇股、水沢市黒石寺の本堂、花巻市矢沢の胡四王神社拝殿、本町好地の熊野神社拝殿の竜)
■店長自ら米作りしている「ひとめぼれ」■【米屋ふくち】食彩王国■一番生産現場に近い米屋からお届け■

御詠歌歌碑】  御詠歌歌碑

 境内には御詠歌歌碑が二つあります。

陸中八十八ヶ所三詣御詠歌 第一番(写真左)
「霊山の 釈迦のみまえに めぐりきて 萬の罪も きへうけにけり」

土仏観世 御詠歌(写真右)
「かずかずの ちかひはいろに あらわれて まへるわがみは やがて成佛」


■水揚げされたばかりの魚介類■岩手は宮古の三陸の幸を、おあげんせから三陸の海の幸を直送■

早池峰山】  早池峰山

 県道から見える「早池峰山」。

 PR:
ハイビジョン特集 日本の名峰: 北海道 東北の山々 【DVD】で早池峰山を楽しみましょう。


■県南のお土産なら奥州平泉土産処 ジパングで■ごま摺り団子、ほろほろ漬け、かめもの玉子など多数■

周辺の自然
いわての山菜

 この近辺では渓流釣りや山菜採り、キノコ狩り、昆虫採集、山野草観察などが季節により楽しめる自然がいっぱい。ただし、服装と野獣・害虫には注意をしてください。

 
クマ出没地域では学童が通学時にクマ避けに使用している熊よけ鈴です。熊よけチャグチャグを。


〈太〉たけのこ瓶詰め水煮520g 塩抜き不要で直ぐに使えます!水煮 岩手 天然キノコ アミタケ 1kg 常温(夏場のみ冷蔵便) 岩手切炭6kg入 ▲国産オオクワガタ “岩手県胆沢郡産” 幼虫(2〜3令)(1匹)

テレビで紹介■まるごと焼きりんご・紅玉りんごのジュレなど岩手のスイーツなら■まがりや 楽天市場店

イーハトーブの風の森アイコン このサイトはArtWing・小田島建築設計事務所 025-0088岩手県花巻市東町6番18号 が個人で運営しています
Copyright (C) 2006 ArtWing All Rights Reserved