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松林寺地蔵堂(子安地蔵)

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松林寺地蔵堂(子安地蔵)▽


松林寺地蔵堂(子安地蔵)】 
地図/YahooMaps
松林寺地蔵堂 全景

 石鳥谷町の西端、県道13号線(盛岡和賀線)から約200m入ったところに松林寺地蔵堂があります。専用の駐車場はありません。前面道路は比較的狭いので、じゃまにならない所を探して停めてください。この先約400m進むと 「萬疊山大興寺」につきます。

松林寺地蔵堂(子安地蔵)

地蔵菩薩半跏像
地蔵菩薩半跏像

 松林寺は寺伝によれば、仁寿元(851)年の創建で第55代文徳天皇の后、染殿が清和天皇を懐妊した際、地蔵菩薩の功徳により安産を得、国内66州に各一体の子安地蔵尊を安置した一ヶ寺といわれる。

 盛時には境内が東西約五百間(約910メートル)南北三百間 (約546メートル)の広さで、南勝寺、下ノ坊、西ノ坊、南ノ坊、北ノ坊等の付属寺院を有していた。南勝寺は供物を司り、その他の寺院は参詣人の居住する方位によって案内を行った。

絵馬「唐子遊戯図」
絵馬「唐子遊戯図」

 安産・子育ての地蔵様として一般庶民の信仰厚く、旧暦6月23日の縁日には近郷近在はもとより盛岡や雫石・胆沢江刺方面、遠くは仙台・秋田方面などからも参詣者があった。境内には市も立ち、多くの参拝人や買物客で賑わった。

 天文年中(1532-1554年)に野火により堂宇のすべてを消失したが、別当小田嶋六位の度々の懇請により、慶安5(1768)年盛岡藩二代>藩主南部重直が大旦那となって地蔵堂が再興された後、明和5(1652)年に建替えられ現在に至っている。

 藩主南部氏からも厚く保護され、慶長11(1606)年8月には花巻郡代北松斎より稗貫・和賀両郡の霞(なわばり)が認められ、同17年6月には南部利直より寺領三十石の寄進状を賜った。

 堂内には土製の地蔵千四百体あまりが安置されているほか、藩御抱え絵師狩野体意(かのうきゅうい)、花巻三画人町中の小野寺周徳(おのでらしゅうとく)・八重樫豊澤(やえがしほうたく)などの絵馬が掲額されている。
絵馬「布袋唐子遊戯図」
絵馬「布袋唐子遊戯図」

松林寺地蔵堂 内部





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